2006年8月29日火曜日

ELECTRIC TRAINS

「Electric Trains」は、「Ridiculous」(1995年)のオープニング・ナンバーで、シングルカットもされた後期スクィーズの代表曲です。 サイケデリックな匂いのするギター、空をかける流麗なストリングス、ビーチボーイズ風コーラスと、聴きどころが次々とあらわれ、ポップ・ロックかくあるべしという見本のようないかした曲ですが、ロック・ミュージシャンを目指し始めた少年時代の想い出を、ジュリー・アンドルーズとジェリー・ガルシアに引っかけて歌っています。歌詞の後半に出てくる'The Sound of Music'は、ジュリー・アンドルーズ主演の映画タイトル、'The Grateful Dead'は、ジェリー・ガルシアがリーダーだったサイケデリック・ロックの代表的バンド名です。ジェリー・ガルシアは、この曲が発表される直前に亡くなりましたが、トリビュートというわけではなく、時期的にはこの曲の録音の方が先だったそうです。ちなみに、タイトルの'Electric Trains'というのは、イギリスで人気のあるおもちゃの商品名らしく(イギリス国内の実在の電車をモデルにしている)、以前インターネットでホームページを見たら、この曲の歌詞が宣伝で引用されていました。

歌詞はクリスの自伝的な内容のようで、もともとはクリスの詞をもとに、友人のフランシス・ダネリーがいっしょにオリジナル・ヴァージョンを作っている途中で、その歌詞を見つけたグレンが、こんなにスクィーズにぴったりの歌詞なのに、なんで長年の相棒のおれに曲をつけさせてくれないんだよ、というわけで、セカンド・ヴァージョンとしてグレンが仕上げたのがこの曲ということらしいです。おかしいのは、ベスト盤「The Big Squeeze」の解説でクリスとグレンは2人とも、この曲は典型的なスクイーズ・ソングだとコメントしているところ。ただし、クリスは、コード進行とギター・ソロが、グレンは、歌詞の内容が、それぞれスクィーズっぽいと言っています。ちなみに、クリスのソロ・アルバムには、「Playing with Electric Trains」というタイトルで、この曲のオリジナル・ヴァージョンが収録されていますが、こちらはカントリー風で、歌詞も少し違っています。おそらくグレンが曲をつける際に、メロディに合わせてクリスのオリジナルの詞を少し変えたのでしょう。

「クリケット・バットをギターに見たてて」というくだりも悪くないけれど、やはりこの歌詞の白眉は、「あそこに生えてきた毛を誇らしげに数え上げる」というあたりではないでしょうか。一般的には「白眉」というべきシーンとはいいがたいのですが(笑)。「ふとんをかぶって〜」からの4行は、「家ではいつもステレオをつけて〜」からの部分とともに、構成上はサビ(Bメロ)をはさんでCメロとなっていますが、英語では「レコードが山のように積み重なっていった(my records stacked up in the pile)」というところと、「ぼくの眼はエッチな雑誌の写真にくぎづけ(my eyeballs stuck in readers wives)」が、いい具合に韻を踏んでいます。

クリスの書く詞には、単にすぐれたストーリー・テラーという以上に、随所にポップ・ソングの領域を広げるような意欲的な歌詞の冒険が見られます。今の時代、無茶苦茶なサウンドに乗せて、どぎつい歌詞を聴き取れないほどに怒鳴りちらすことは簡単ですが、だれもが口ずさめるようなすぐれたポップ・ソングの世界はまだまだ保守的です。そんな中でスクィーズには、離婚した子連れの女性とつきあう男の戸惑いを歌った「Can of Worms」や、妻の生理痛をテーマにした「She Doesn't Have to Shave」など、そのへんのポップ・ソングではめったにお目にかかれないような、しかし人生の真実にたしかに触れるような名曲がたくさんあります。この「Electric Trains」も、単に少年時代の想い出というだけでなく、細部まで味わっていただければと思います。

そういえば、スクィーズの初期から中期にかけての作品を集めた6枚組ボックスセット「Six of One...」のブックレットには、イギリスの人気作家ニック・ホーンビー(「ハイ・フィデリティ」!)が、スクィーズを讃えるエッセイを寄せています。文学界のDifford & Tilbrookを目指して小説を書き始めたのだというホーンビー氏ですが、スクィーズが新曲で「Electric Trains」を発表したとき、ある評論家に「スクィーズのこの1曲を聴けば、もうニック・ホーンビーの小説なんて読む必要はない」と新聞に書かれてしまったのだそう。それを読んで落ち込んだホーンビー氏は、今度生まれ変わったらスクィーズとは全然違ったタイプのミュージシャンを目標にして作家を目指します、とのこと(笑)。

タイコウチ



「電車のおもちゃ」
(ディフォード/ティルブルック)

嫌いな友だちにマザコンとからかわれていた頃
父さんの自転車に乗せてもらい なんとか学校に通ってた
木製の台座に腰をかけ 父さんの両足にはさまれて乗った
雨が降ってくると 父さんのカッパの下にもぐり込んだ
あの頃家ではいつもラジオがかかっていた

ジュリー・アンドルーズからジェリー・ガルシアまで
人生は気楽なものだった
何も考えることなく ぼくはベッドの下にもぐって
電車のおもちゃで遊んでた

家ではいつもステレオをつけていた 頭の中はロックでいっぱい
柳の木でできたクリケット・バットをギターに見たて
夜中までギター・ソロを弾きまくった
ヒット・チャートやトップ・オヴ・ザ・ポップスで聴いて集めたレコードが
山のように積み重なっていった

ふとんをかぶってひざまずき 懐中電灯で前を照らす
ぼくの眼はエッチな雑誌の写真にくぎづけ
あそこに生えてきた毛を毎日誇らしげに数え上げ
やがてぼくも子どもから男へと銀河をのぼりつめていった

女の子を追いかけては泣かし 髪を背中にかかるほど伸ばして
十代の頃はずいぶんベッドの中ですごしたものだ
ギターを弾くようになり バンドを組んで 一晩中がんがん弾きまくり
みんなが座って見てる前で ぼくは自分で作った歌を歌うようになった
音楽の響き(the Sound of Music)が
歓びに充ちた死者(the Grateful Dead)のように
ぼくのわきを通り過ぎていった

(訳:タイコウチ)