ラベル COOL FOR CATS の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル COOL FOR CATS の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009年1月7日水曜日

SLIGHTLY DRUNK

初期のアルバム「COOL FOR CATS」から、いかにもパンク/ニューウェイヴっぽい艶やかキーボードのイントロで始まるこの曲は、意外なことに、最近リリースされた2枚のアルバムでも聴くこともできます。2008年に再発された「ARGYBARGY」のデラックス版では、1981年のライヴ・ヴァージョンを聴くことができるし、再結成後のアメリカ・ツアーのライヴ盤「FIVE LIVE」でも、再演されています。2つのライヴを聴き比べると、四半世紀を過ぎて、この曲の最新ヴァージョンはテンポがかなり落ちているのがなんとも…(笑)。これまでのグレンの来日ソロライブでも、何度か歌われているので、ベスト盤に入るようないわゆる有名曲・人気曲ではないにせよ、グレン個人はけっこう気に入っている曲なのではないかと思います。

タイコウチ



「またちょいと酔っぱらって」

またちょいと酔っぱらって
ペンを片手にひとりぼっち
きみに手紙を書こうとしてたんだ

今の気持ちをどう言ったらいいのか
きみとの約束を
昨日の夜は守れなかった

体が震えるのは風邪を引いたせい?
目は覚めているはずなんだけど
そう大丈夫だ、と自分に言ってみる

間違っていたのはぼくで、きみが正しかった
(うまく言えなかったせりふ)
ぼくはさよならと言えなかった
(嘘をついた理由を説明したくて)
どうしていつもこんな気持ちになるんだろう
(きみの言葉に、ちょっと酔っぱらって)
また恋に落ちてしまった
(きっとまたみじめな結果に終わる)

すごく寂しいけど、だからどうだっていうんだ
平気なはずが、そうでもない
またわけがわからなくなってる

きみに愛されてしまって、すべてがこんがらがって
きみの愛なしではとてもつらい
ぼくの心が救いを求めて泣いている

ちょっと話しただけでも腹が立ってしまう
とりわけ旅に出ているときは
またきみのもとへ帰ってきたよ

またちょいと酔っぱらって
友だちもいなくてひとりぼっち
認めるよ、たしかに嘘をついた
ほんとにぼくはだらしがない
この気持ちなんて言ったらいいのか

(訳:タイコウチ)

2008年12月29日月曜日

COOL FOR CATS

さて、満を持して(笑)いよいよ「COOL FOR CATS」の登場です。スクィーズ・ファンじゃなくても、この曲くらいは知っている、というくらいの超有名曲だと思いますが、なんでこのブログで今まで取り上げなかったかというと、決してもったいぶっていたわけではなく、単になかなかうまい訳ができなかったからです(爆)。

この歌詞は、クリスのインタヴューによると、とくに脈絡のないいくつかの場面をつなぎ合わせているそうなので、一見わかりにくくなっています。1番は、アメリカの西部開拓時代、もしかすると語り手がテレビで古い西部劇を見ているということかもしれません。2番も、現実というよりは、B級のギャング映画のようなものかもしれません。3番と4番は、一応つながりがあるようで、等身大の語り手の日常のひとこまと言えるでしょう。

訳すのに特に悩まされたのは、タイトルにもなっている'cool for cats'というフレーズです。もともとは、昔の音楽バラエティ番組のタイトルからきているようですが、この歌の中では、英語なら場面ごとにそのまま聴く側の解釈にまかせることができても、日本語にするとニュアンスを少しずつ変えないと落ち着かないので、なんとか適当に訳し分けてみました。

タイコウチ


「クール・フォー・キャッツ」

インディアンが峠の上の岩場から
のろしの合図を送る
カウボーイは草木の茂みから
銃で狙いをつける
伍長のそばにはインディアンの女が
木にしばられている
女は言葉はわからないが
ぶたれてばかりにうんざりして
伍長が寝ているうちに
そこらの馬をみんな解き放つ
伍長が目を覚ますと火が消えていて
帽子には矢が刺さっている
馬に乗ったデイヴィ・クロケットが言う
猫にしてはたいしたお手並みだ

指令を受けた特別狙撃隊が
時速90マイルでかけつける
ヒースロー空港近くの倉庫に潜む
悪党一味を一網打尽
手錠をかけられたとき
奴らは5ドル札を数えていた
ウォンズワース刑務所から出たり入ったり
奴らの名前には番号がついている
奴らの女房はみんな
顔までそっくりなのがおかしい
その頃駅では
あやしい少年たちが
「お前の父さん元気か」と罰当たりなせりふ
あいつら猫のくせにいい気になってるな
あいつら猫のくせにいい気になってるな

ちょっと気分を変えようと
パブに出かけて気取ってみせる
鏡で見る自分の姿は
ちょっとワイルドな感じだな
あの娘にしようか、この娘にしようか
かっこいいところを見せよう
腕っぷしの強いふりをして
羽振り良さげに少し金を使ってみせる
でも手に入るのは苦いビールとひどい吹き出物
酔いが醒める頃には
自分が手に入れた物も忘れてしまう
みんなが言うには
猫のふりをするのはいかしてるな
猫にしてはいかしてるな

ディスコで踊っていると
ちょっといい感じの娘がいた
いろいろ聞いてみると
彼女は壁にもたれかかる
彼女に最初のキスをして
家まで送っていった
コーヒーでもどうと誘われて
犬に骨をくれてやった
彼女はディスコが好きだけど
ひとりでは行かないらしい
また会おうねと言って
どうでもいい自慢話をしてみる
でもテレビで見るようにはいかないもんだな
猫が気取ってるときには
猫にしては気取ってるな

(訳:タイコウチ)

*クール・フォー・キャッツ:50年代後半から60年代初頭にかけて英国で放映されていた音楽番組のタイトルから。
*デイヴィ・クロケット:米国の西部開拓時代の伝説的英雄で、政治家(1786-1836)。
*「お前の父さん元気か(how's your father?)」は、俗語でセックスのこと。「犬に骨をくれてやった(give the dog a bone)」も同様。そういうわけで、昔BBCに出演したときのライヴでは、歌詞を少し変えているそうです。

2008年12月5日金曜日

SLAP AND TICKLE



ライヴでもよく演奏される初期の代表曲ですが、まさにクリスお得意の恋人観察日記もので、アルバム「EAST SIDE STORY」の「PICCADILLY」の前身に当たるといってもいいでしょう。ぎこちない恋人たちの物語が、これでもかというほど饒舌に言葉が詰め込まれて、性急なタテノリ・ビートでラップのように歌われます。細部にこだわったこういう歌詞を聴くと、特に地元の人たちは、まるで自分たちのことみたい、と思って共感するのでしょうね。実際クリスは、特に初期の頃は、自分のまわりで見聞きしたちょっとしたエピソードをモデルにして詞を書いていたということです。

ちなみにタイトルの「スラップ・アンド・ティックル(slap and tickle)」というのは、俗語で「男女がいちゃつくこと」だそうです。それから「恋人たちの身投げ台(Lover's Leap)」というのは、実際にブリストルの北西にある絶壁の名所の名前だそうですが、ネットで検索してみると、「Lover's Leap」という地名は、世界中のその手の風光明媚でちょっと危険な(!)名所につけられたよくある名前で、実際に若い恋人たちが身投げをしたという伝説のある所もあるみたいです。

タイコウチ


「スラップ・アンド・ティックル」

ボーイフレンドのマイケルとのデートでは
彼女はまるで聖書みたいに不感症
彼は自慢のゼファーに彼女を乗せる
塩と胡椒の瓶のように並んで座る
街を見渡せる場所がいい
「恋人たちの身投げ台」は見晴らしがいい
車のライトをわざと点滅させて
彼は彼女に愛の言葉を語る
次の晩、彼女に電話をかけると
父親が娘につないでくれない
具合が悪いというのだけれど
絶対嘘に決まってる
マイケルは拒絶され傷つく
こんなことはありえない
近所の酒場に車で出かけ
反社会的な気分にひたる

彼女は彼に会えなくて一晩中泣きくれる
今頃キスしていたかもしれないのに
一方飲み過ぎた彼はふらふらで
酔いを醒まそうとさらに酒をあおり
家に帰ろうとタクシーに乗り
後部座席で酔いつぶれる
まるで赤ん坊のように
久しぶりにぐっすり眠る
翌朝、妹のポーリーンと出かけた彼は
彼女に会う
はにかむ彼女はまた彼のとりこ
彼はクールに気取ってみせる
彼が言うには、今晩チャーリーの店で
パーティーがあるんだ
7時半に待ち合わせしよう
彼女は目の前に天国を思い浮かべた

もしも気が変わったなら
それはよくあることだけど
ピクルスを噛んでいては
彼女といちゃつくことはできない
石を投げなければ
水たまりに波紋はできない

その晩二人はいっしょに踊った
永遠に続く愛に思えた
彼女の脚に手を触れたときの
彼女のせりふは聞きものだった
あとになってまた試してみたが
彼女は気を悪くしたみたい
押し黙ったまま家まで送ろうとした
無理強いはしたくはなかったから
夜景が見たいの、と彼女が言った
「恋人たちの身投げ台」は見晴らしがいい
きれいな空気を吸いたいな
髪をくしでとかした彼女は
彼にキスしようと振り向くが
タイミングをはずし
彼女の手が彼の脚に触れる
彼は彼女の舌の感触を頭に思い浮かべた

もしも気が変わったなら
それはよくあることだけど
ピクルスを噛んでいては
彼女といちゃつくことはできない
石を投げなければ
水たまりに波紋はできない

(訳:タイコウチ)

2006年9月15日金曜日

GOODBYE GIRL

グレンの最近のライヴでは、屋外練り歩きの定番曲(?)でもあるらしい「GOODBYE GIRL」(79年の「COOL FOR CATS」から)です。一目惚れした女の子にいいようにだまされてしまう、まぬけな男のお話ですが、だまされたことに気づいた男が、あからさまにくやしがるわけでもなく、すっとぼけて、どこかで彼女を見かけたらよろしく言っといてくれ、という結末が、なんともとほほな笑いを誘います。

テーマ的にはジョン・レノンの「ノルウェイの森」にもちょっと似ていますが、あの歌にはもっと辛辣なものが隠されていたいたように思います。

ちなみに、タイトルの「GOODBYE GIRL」は古い(と言っても60年代後半?)アメリカ映画から取られたものなのでしょうが、映画の方は、いつも悪い男に引っかかってだまされてしまう、けなげな女性(娘が1人いる)が主人公でした。

そういえば、取られた物と奥さんの出て行った先に関しては、歌詞違いのヴァージョンがあるようです。また、ガーンジー(Guernsey)というのは、英仏海峡にある島の1つだそうですが、これってイギリス人にだけ通じるジョークなのでしょうか。

タイコウチ


「さよならの得意な女の子」


彼女に会ったのはプール・バー
名前は聞きそこねたけど
なんかいい娘だと思ったんだ
ぼくのことをよくわかってくれそうな感じ
部屋がぐるぐるまわりだすような気がして
にこっと笑った彼女は
うっとりするほど優雅で
ちょっとした気品すら感じられたんだ

リノリウムの床に反射する太陽の光に
はっとしてぼくは目覚める
彼女はどこかと見まわしたけど、その姿もうはなかった
さよならの得意な女の子
グッバイ・ガール
グッバイ・ガール

彼女が泊まっているモーテルへぼくは連れていかれた
彼女の部屋は2階だった
やかんが1つにコーヒーカップが2つ
ドアには番号がついていた
あなたのことまだあまりよく知らないからと
おやすみのキスをしただけで、ぼくたちは寝ることにした
朝になってその理由に気がついた
ようやく目が覚めたというわけだ

リノリウムの床に反射する太陽の光に
はっとしてぼくは目覚める
彼女はどこかと見まわしたけど、その姿はもうなかった
さよならの得意な女の子
グッバイ・ガール
グッバイ・ガール

ぼくの青いアドレス帳がなくなっていた
スポーツクラブのロッカーの鍵も
コートのポケットに入れていたお金も
でもまあいいか
ぼくの奥さんは家を出てガーンジー島へ行ってしまった
だからカモにされたとあわてる必要もない
もしあの子に会うことがあったら
よろしくいっといてくれ グッバイ・ガール

リノリウムの床に反射する太陽の光に
はっとしてぼくは目覚める
彼女はどこかと見まわしたけど、その姿はもうなかった
さよならの得意な女の子
グッバイ・ガール
グッバイ・ガール

(訳:タイコウチ)

2006年9月12日火曜日

UP THE JUNCTION

スクィーズ初期の代表曲で、おそらくディフォード/ティルブルックのソングライティング・チームが注目されるきっかけともなった「UP THE JUNCTION」(1979年のアルバム「COOL FOR CATS」から)。若い恋人たちの出会いから、 同棲、妊娠、出産、そして別居(彼女は子どもを連れて別の男のもとに)までの経緯が、男を語り手として描かれています。

冒頭のクラパムというのは、ロンドン南部の地名で、鉄道のクラパム駅は「Clapham Junction」(略称は「The Junction」)と呼ばれ、何本もの路線が乗り入れるイギリス一の利用者数を誇る乗り換え駅なのだそうです( ウィキペディアによると、世界中で新宿に次いでもっとも混雑する駅なのだそう)。つまり、この曲のタイ トルは、「クラパム(乗り換え)駅についた」という意味なのですが、同時に イギリス英語で'up the junction'は、「にっちもさっちもいかないどんづまりの状態」という意味もあり、歌詞の内容を考えると見事な「かけことば」になっています。「クラパム広場(The Common)」というのも、市やサーカスが 開かれる実在の広場だそうです。なんて、イギリスに行ったこともない私が見てきたように書くのもあやしいのですが、いちおう調べはついてます(笑)。「レイルウェイ・アームズ」というのも、実在する有名なパブの名前だそうで す。

ちなみに、娘を連れて出て行った母親のその後の人生は、およそ20年後の98年 のアルバム「DOMINO」に収録された「A MOVING STORY」で描かれています。この歌にもクラパムという地名が出てきますね。

この歌でとにかく見事なのは、2行ずつすべての行末で韻が踏まれていること。対訳では再現できませんでしたが、ぜひ英語の原詞でご確認ください。この偏執的とも言えるクリスの押韻の魔術は、「SLAP AND TICKLE」や「VICKY VERKY」でも味わうことができます。また、「VICKY VERKY」と同様、基本的に同じメロディの繰り返しで、1回だけBメロに展開して、元のメロディにもどって終わるという、ポップ・ソングにしては変則的な構成です。いずれも若い恋人たちの物語形式の歌ですね。

タイコウチ


「乗り換え駅で」

こんなふうになるとは思いもしなかった
ぼくとクラパムから来た彼女のこと
強い風の吹くクラパム広場で出会った
決して忘れないあの夜のこと
彼女は配給の食べ物を分けてくれた
思い切って彼女に言った
きみは素敵な女性だね
彼女はいった たぶんそうかもね

ぼくたちは地下にある部屋に引越した
婚約しようなんて話をした
テレビのそばでいっしょにすごした
ちょっとカビくさい部屋だったけど
ぼくたちはキスをしていちゃついた
レイルウェイ・アームズに行く余裕はなかったけど
ぼくたちは愛で結ばれて
いつも幸せだった

ぼくはスタンリーの店で働くことになった
店ではちょうど人手が足りなかったところ
月曜から来るようにといわれ
日曜には風呂に入って身を清め
一日11時間働きづめ
彼女にはときどき花を買ってやった
彼女は医者に見てもらってきたといった
子どもを生むことを心に決めていた

冬のあいだずっと働きつづけた
うんざりするような天気ばかり
毎週10ポンドずつ
彼女のために貯金して
いよいよ生まれそうになって
テレビも売り払った
夜おそくヒーターのそばで
赤ん坊が彼女のおなかをけるのがわかった

今朝がた4時50分
大あわてのぼくは彼女を
保育器のところまで連れていった
それから30分が立ち
女の子が生まれた
1年たって歩くようになった
あの子は母親にそっくり
うりふたつとはこういうことか

あれから2年、娘も大きくなったはず
母親はどこかの兵隊と暮らしてる
彼女が家を出てからぼくは酒浸り
思い出は針のようにぼくを刺す
悪魔の誘いに乗せられて
酒場と競馬のノミ屋のあいだで街をさまよう
テレビを見てすごす幸福な夜はもうない
くさいおむつを夜中に替えることもない

いまキッチンでたったひとり
なんだかさびしい気持ち
彼女にあやまってみようかとも思うが
許しを請うなんてぼくの性に合わない
手紙をくれといつもいっても
彼女は一通も書いてよこしたことがない
たぶんこういうことなんだ
ぼくは人生の乗り換え駅で途方に暮れている

(訳:タイコウチ)

英文の歌詞はこちら