1985年のアルバム「COSI FAN TUTTI FRUTTI」に収められたこの曲は、親友同士だった女性と男女の仲になってしまったことで、友情という名の何かが失われ、互いに傷ついてしまう結果になるという内容で、モチーフとしては、その後のアルバム「DOMINO」の「SLEEPING WITH A FRIEND」へと引き継がれています。ただし、「SLEEPING WITH A FRIEND」とは違って、この曲では、彼女にも語り手にも、互いに特定のパートナーがいたというわけではないようなので、単なる不倫的な関係の破局というよりも、もっと微妙な男女の機微が歌われているような気もします。
タイコウチ
「ぼくは祈ることをおぼえた」
彼女はぼくに優しくしてくれた
彼女の思いは率直で
何の偏見もなく
思いやりがあった
箱に入った古着を調べていく彼女の様子が
とびきり素敵なのは、親友なら誰でもわかるはず
彼女はぼくに優しくしてくれた
嘘をつかずにすむように助けてくれた
ぼくの言葉をきちんと聞いて
本当のことをわかってくれる
いちばんの友だちと恋に落ちたとき
ふたりの友情が終わってしまうなんて思いもしなかった
ぼくは祈ることをおぼえた
毎晩
心の奥深くにうずく
この痛みをいやすために
ぼくは額にしわを寄せ真剣に悩んだ
恋に落ちてしまったぼくは、いったいどうしたらいい?
いちばんの友だちと恋に落ちたとき
ふたりの友情が終わってしまうなんて思いもしなかった
ぼくが習いおぼえた教訓は、ふたりの問題を解決できなかった
火がついて、ぼくはやけどを負ってしまった
そしていちばんの友だちと恋に落ちたとき
ふたりの友情が終わってしまうなんて思いもしなかった
(訳:タイコウチ)
2009年1月6日火曜日
2008年11月28日金曜日
NO PLACE LIKE HOME
この頃(1985年)、派手なサンプリングが流行ってましたよね。この曲の後半に出てくるヴォーカルのサンプリングを初めて聴いたときは、「スクィーズよ、お前もか!」と思ったものです(笑)。
「No place like home」とは、「我が家にまさる所はない」、「我が家がいちばん」という決まり文句ですが、歌詞の内容は、ひとひねりしてあって、浮気がばれて夫婦喧嘩の最中に(というか、男が奥さんに一方的にやられてるだけのようですが)、タイトルのせりふが出てくるわけです。
山積みになっている本を投げつけられるなんてところは、実体験に基づいているのではないかと思いますが、どうでしょう(笑)。非常事態にもかかわらず、全体にコミカルな印象で、しかも小道具を使った描写やせりふも面白い、なかなかすぐれた歌詞だと思います。
タイコウチ
「素晴らしきかな我が家」
ぼくは事実に直面する
さらにひとつかみの脅しにも
ベッドの端に腰かけて
自分のしゃべった言葉を
面白がっている
何の防御もせず
そのときひとつかみの愛が
ぼくの頭をバシリと直撃する
声を荒げて近づいてきた彼女は
本の山から一冊つかみ上げ
ぼくに向かって投げつける
でも1マイルも大はずれ
枕をかかえたぼくは
すっ裸で大あわて
ゴミ箱を片手に
部屋の隅まで追いつめられる
そしてマットレスの上へ
もう逃げ場はない
ぼくは有罪です、そう有罪なのです
それでも、素晴らしきかな我が家
時間を巻き戻して
何がまずかったかを考える
許しを請うぼくは
ゴングのように叩かれるまま
どうやらぼくは
へらへら笑いすぎたかどで有罪のようだ
ずっと前にもう別れてしまった
あの恋人たちのことを考えれば
ぼくは有罪、きみも有罪
だから投げられるものならぼくに石を投げよ
過去のことはすべて現在につながる
この我が家しか居場所がないときには
脱いだ靴で
ぼくの頭をねらってバシリ
きみのイヤリングが電話のように鳴り響く
なんとか言い訳すれば
この制御不能になった愛しい人を
修復できるかも
ああ、素晴らしきかな我が家
(訳:タイコウチ)
「No place like home」とは、「我が家にまさる所はない」、「我が家がいちばん」という決まり文句ですが、歌詞の内容は、ひとひねりしてあって、浮気がばれて夫婦喧嘩の最中に(というか、男が奥さんに一方的にやられてるだけのようですが)、タイトルのせりふが出てくるわけです。
山積みになっている本を投げつけられるなんてところは、実体験に基づいているのではないかと思いますが、どうでしょう(笑)。非常事態にもかかわらず、全体にコミカルな印象で、しかも小道具を使った描写やせりふも面白い、なかなかすぐれた歌詞だと思います。
タイコウチ
「素晴らしきかな我が家」
ぼくは事実に直面する
さらにひとつかみの脅しにも
ベッドの端に腰かけて
自分のしゃべった言葉を
面白がっている
何の防御もせず
そのときひとつかみの愛が
ぼくの頭をバシリと直撃する
声を荒げて近づいてきた彼女は
本の山から一冊つかみ上げ
ぼくに向かって投げつける
でも1マイルも大はずれ
枕をかかえたぼくは
すっ裸で大あわて
ゴミ箱を片手に
部屋の隅まで追いつめられる
そしてマットレスの上へ
もう逃げ場はない
ぼくは有罪です、そう有罪なのです
それでも、素晴らしきかな我が家
時間を巻き戻して
何がまずかったかを考える
許しを請うぼくは
ゴングのように叩かれるまま
どうやらぼくは
へらへら笑いすぎたかどで有罪のようだ
ずっと前にもう別れてしまった
あの恋人たちのことを考えれば
ぼくは有罪、きみも有罪
だから投げられるものならぼくに石を投げよ
過去のことはすべて現在につながる
この我が家しか居場所がないときには
脱いだ靴で
ぼくの頭をねらってバシリ
きみのイヤリングが電話のように鳴り響く
なんとか言い訳すれば
この制御不能になった愛しい人を
修復できるかも
ああ、素晴らしきかな我が家
(訳:タイコウチ)
2006年9月29日金曜日
LAST TIME FOREVER
アルバム「COSI FAN TUTTI FRUTTI」は、サウンド・プロダクションが装飾過剰で、ファンにもあまり評判が良くないようです。このシングルにもなった「LAST TIME FOREVER」という曲には、私もさほど思い入れはないのですが、 スクィーズとしてはあまりないタイプの歌詞なので、取り上げてみました。
愛する妻をつまらない嫉妬心から殺してしまった男の話です。飛行機のパイロットが、自分の留守中の妻の不貞を疑って殺し、その死体が5年後に湖に上がった、という実際の事件を新聞で読んだのが、この詞を書くきっかけだったと クリスは語っています。妻の死体はシーツに包まれており、そのシーツにはクリーニング屋のタグがついたままになっていて、そこから犯人が割り出されたという事件だったのだそうです。
なお、曲の途中で妙な効果音のようなものが入りますが(アルバム・ヴァージョンのみで、ベスト盤収録のシングル・ヴァージョンではカットされています)、これはスタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」(原作はスティーヴン・キング)からのサンプリングで、「一時的な筋肉協調不全(A momentary loss of muscular co-ordination)」という主演のジャック・ニコルソンのせりふと、「お願いだからやめて、ジャック(No Jack please)」という奥さん役のシェリー・デュヴァルの叫び声なのだそうです。
ちなみに、スクィーズの作品ではこのアルバム「COSI FAN TUTTI FRUTTI」が大好きだという珍しい(?)人に会ったことがあります。その人は、フランク ・ザッパの最後のバンド・ツアー(1988年)でギター、キーボード、ヴォーカ ルを担当していたマイク・キニーリ(Mike Keneally)さんです。きっと、このポップを逸脱しかかったギミックてんこ盛りなサウンドが彼の好みだったのだと思います。キニーリさんは、イギリスに行ったときに、当時のスクィーズのベーシスト、キース・ウィルキンソンの奥さんが経営するプチ・ホテル (?)に泊まったことがあるとの話でした。トリヴィアな話ですみません (笑)。
タイコウチ
「永遠のお別れ」
愛とはいずれ終わるもの、という言葉を
聞いたことはあるかい
ぼくは今夜その言葉を読んだ
言い訳のしようのない間違いをぼくは犯した
考えだしたら止められなくなって
彼女の気分を害してしまった
今夜彼女に最後のお別れを言ってしまった 永遠のお別れを
今夜彼女のことを思うと
なかなか寝つけない でもどうしようもない
あれだけたくさんの想い出があるのだから
ぼくは気が弱くて
自分の怒りはいつも押し隠してきた
今夜こそ彼女に最後のお別れを言おう 永遠のお別れを
ぼくが嫉妬するようになってすべてがおかしくなってしまった
自分がそんなに力を入れていることに気づかなかったんだ
あんなに幸せそうだった彼女の命を奪ってしまうなんて
ぼくたち2人は仲の良い友達夫婦で知られていたのに
あなたを愛している、という言葉を
読んだことはあるかい ぼくは今夜その言葉を読んだ
でももう手遅れだ
自分のしたことを悔やんでいる
馬鹿なことをしてしまった
今夜彼女に最後のお別れを言ってしまった 永遠のお別れを
(訳:タイコウチ)
英文の歌詞はこちら
愛する妻をつまらない嫉妬心から殺してしまった男の話です。飛行機のパイロットが、自分の留守中の妻の不貞を疑って殺し、その死体が5年後に湖に上がった、という実際の事件を新聞で読んだのが、この詞を書くきっかけだったと クリスは語っています。妻の死体はシーツに包まれており、そのシーツにはクリーニング屋のタグがついたままになっていて、そこから犯人が割り出されたという事件だったのだそうです。
なお、曲の途中で妙な効果音のようなものが入りますが(アルバム・ヴァージョンのみで、ベスト盤収録のシングル・ヴァージョンではカットされています)、これはスタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」(原作はスティーヴン・キング)からのサンプリングで、「一時的な筋肉協調不全(A momentary loss of muscular co-ordination)」という主演のジャック・ニコルソンのせりふと、「お願いだからやめて、ジャック(No Jack please)」という奥さん役のシェリー・デュヴァルの叫び声なのだそうです。
ちなみに、スクィーズの作品ではこのアルバム「COSI FAN TUTTI FRUTTI」が大好きだという珍しい(?)人に会ったことがあります。その人は、フランク ・ザッパの最後のバンド・ツアー(1988年)でギター、キーボード、ヴォーカ ルを担当していたマイク・キニーリ(Mike Keneally)さんです。きっと、このポップを逸脱しかかったギミックてんこ盛りなサウンドが彼の好みだったのだと思います。キニーリさんは、イギリスに行ったときに、当時のスクィーズのベーシスト、キース・ウィルキンソンの奥さんが経営するプチ・ホテル (?)に泊まったことがあるとの話でした。トリヴィアな話ですみません (笑)。
タイコウチ
「永遠のお別れ」
愛とはいずれ終わるもの、という言葉を
聞いたことはあるかい
ぼくは今夜その言葉を読んだ
言い訳のしようのない間違いをぼくは犯した
考えだしたら止められなくなって
彼女の気分を害してしまった
今夜彼女に最後のお別れを言ってしまった 永遠のお別れを
今夜彼女のことを思うと
なかなか寝つけない でもどうしようもない
あれだけたくさんの想い出があるのだから
ぼくは気が弱くて
自分の怒りはいつも押し隠してきた
今夜こそ彼女に最後のお別れを言おう 永遠のお別れを
ぼくが嫉妬するようになってすべてがおかしくなってしまった
自分がそんなに力を入れていることに気づかなかったんだ
あんなに幸せそうだった彼女の命を奪ってしまうなんて
ぼくたち2人は仲の良い友達夫婦で知られていたのに
あなたを愛している、という言葉を
読んだことはあるかい ぼくは今夜その言葉を読んだ
でももう手遅れだ
自分のしたことを悔やんでいる
馬鹿なことをしてしまった
今夜彼女に最後のお別れを言ってしまった 永遠のお別れを
(訳:タイコウチ)
英文の歌詞はこちら
2006年9月23日土曜日
KING GEORGE STREET
AKIKOさんが前に取り上げていた「KING GEORGE STREET」の詞は、クリスにとってもかなりの満足のいくできだったようで、この曲がシングルになったとき は両親にもすごく喜んでもらえたと、うれしそうにインタヴューに応えています。しかし、さすがのクリスも、この曲にグレンがこんなに複雑なコードをつけてくるとは思いもしなかったそうで、スタジオにグレンが譜面を持ってきたときには、他のメンバーの雰囲気がかなり悪くなったらしい(笑)。
でも、去年のグレンの東京公演でお客さんからこの曲のリクエストがあったとき、グレンも「え〜、急に言われても難しすぎてできないよ」みたいな反応でかわしていたような気がするのですが、あらかじめリクエストしておけば、ちゃんと思いだして練習しておいてくれるでしょうか(笑)。皆さん、リクエス ト・ボックスにぜひお願いします(笑)。
歌詞の内容は、その後クリスによって何度も取り上げられることになるテーマ で、酒に酔って暴力をふるう男とその家庭のスケッチです。
タイコウチ
「キング・ジョージ・ストリート」
彼女は子どもたちを連れて真夜中に家を出る
お菓子の袋を手にした子どもたちは毛布にくるまり
別の町に住むおばあちゃんの家に向かう
子どもたちが見上げると、そこには街灯とそぼ降る雨
こんな冒険が真夜中になしとげられた
幼い子ども2人には夜更かしをさせて
真冬の天候は厳しく、雨と風がひどかった
午前4時のキング・ジョージ・ストリート
彼がいったいどこへ行ったのか気がかりで彼女は眠れなかった
ドアが大きく開き、明かりが外へ伸びる
タイヤのマークのついた帽子をかぶった男はひどく酔っぱらっていて
廊下にいた猫の上に倒れ込んだ
涙にくれる妻に向かって「スペイン万歳」を歌いながら
照明のかさを叩いて揺らす
家を逃れた家族は避難民のような格好でドアを叩いている
雨に濡れるキング・ジョージ・ストリート
もう二度と自分の家であんなまねはさせないと
彼女は心に誓う
男がアルコールをすっぱり断たないかぎり
玄関から追い出すだけだ
街角で子どもたちが男の足下にしがみつく
お父さんがキング・ジョージ・ストリートのお家に帰ってきた
彼らはやかんを囲んで立ちすくみ
お湯が沸騰するのを見守っていた
ハンカチに向かってくしゃみをする
冷え切った手は真っ青
次の晩男は花束を持って家にやってきた
しかし中には入れてもらえない
窓から中をのぞきこんだ男は
口を動かして声にならない言葉を伝えようとする
紅茶のカップに口をつけようとした彼女は
外にいる男の姿を見つける
子どもたちはかけ寄ってくるが
彼らは本当に幸せになれるのだろうか
お父さんがキング・ジョージ・ストリートのお家に帰ってきた
(訳:タイコウチ)
英文の歌詞はこちら
でも、去年のグレンの東京公演でお客さんからこの曲のリクエストがあったとき、グレンも「え〜、急に言われても難しすぎてできないよ」みたいな反応でかわしていたような気がするのですが、あらかじめリクエストしておけば、ちゃんと思いだして練習しておいてくれるでしょうか(笑)。皆さん、リクエス ト・ボックスにぜひお願いします(笑)。
歌詞の内容は、その後クリスによって何度も取り上げられることになるテーマ で、酒に酔って暴力をふるう男とその家庭のスケッチです。
タイコウチ
「キング・ジョージ・ストリート」
彼女は子どもたちを連れて真夜中に家を出る
お菓子の袋を手にした子どもたちは毛布にくるまり
別の町に住むおばあちゃんの家に向かう
子どもたちが見上げると、そこには街灯とそぼ降る雨
こんな冒険が真夜中になしとげられた
幼い子ども2人には夜更かしをさせて
真冬の天候は厳しく、雨と風がひどかった
午前4時のキング・ジョージ・ストリート
彼がいったいどこへ行ったのか気がかりで彼女は眠れなかった
ドアが大きく開き、明かりが外へ伸びる
タイヤのマークのついた帽子をかぶった男はひどく酔っぱらっていて
廊下にいた猫の上に倒れ込んだ
涙にくれる妻に向かって「スペイン万歳」を歌いながら
照明のかさを叩いて揺らす
家を逃れた家族は避難民のような格好でドアを叩いている
雨に濡れるキング・ジョージ・ストリート
もう二度と自分の家であんなまねはさせないと
彼女は心に誓う
男がアルコールをすっぱり断たないかぎり
玄関から追い出すだけだ
街角で子どもたちが男の足下にしがみつく
お父さんがキング・ジョージ・ストリートのお家に帰ってきた
彼らはやかんを囲んで立ちすくみ
お湯が沸騰するのを見守っていた
ハンカチに向かってくしゃみをする
冷え切った手は真っ青
次の晩男は花束を持って家にやってきた
しかし中には入れてもらえない
窓から中をのぞきこんだ男は
口を動かして声にならない言葉を伝えようとする
紅茶のカップに口をつけようとした彼女は
外にいる男の姿を見つける
子どもたちはかけ寄ってくるが
彼らは本当に幸せになれるのだろうか
お父さんがキング・ジョージ・ストリートのお家に帰ってきた
(訳:タイコウチ)
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2006年8月28日月曜日
KING GEORGE STREET
そろそろ8月も終わりですね。10月のグレンの来日も近づき仕事にも身が入らなくなってきました・・。
ボスにも東京行き(九州に住んでます)の話、切り出してないし・・。
それにしても、昨年の吉祥寺でのライブ、素晴しかったです!「なんでこんないい曲かけるんだろ?!」感動、また感動・・。残念ながら、スクイーズ時代、以前のソロでのライブは見る機会が無かったけど、今まで見た他のアーティストのライブの中でもベスト3に入ると思います。
で、またグレンが来てくれるのが待てなかったので、行って来ました。5月23日ロンドンのジャズカフェ! 病気をしたせいか、昨年よりやせた様子のグレンでしたが、ライブはやはりパワフルで、グレン節炸裂してました。
特に印象深かった曲は、WALK AWAYとSOME ONE ELSE'S BELL(大好きな曲で、昨年は聞けなかった)です。私はお酒飲めないのですが、グレンの演奏にまさに「酔い」ました・・・。
ライブの翌日、余韻も残るなかグリニッジに行ってきました。写真はグリニッジ天文台の帰り、偶然通りがかったKING GEORGE STREETです!! 見つけたときは胸がいっぱいになりました。本によるとクリスが生まれた所らしいですね。この日は小雨が降ってて、詩の情景が浮かんでくる様でした。
AKIKO
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ボスにも東京行き(九州に住んでます)の話、切り出してないし・・。
それにしても、昨年の吉祥寺でのライブ、素晴しかったです!「なんでこんないい曲かけるんだろ?!」感動、また感動・・。残念ながら、スクイーズ時代、以前のソロでのライブは見る機会が無かったけど、今まで見た他のアーティストのライブの中でもベスト3に入ると思います。
で、またグレンが来てくれるのが待てなかったので、行って来ました。5月23日ロンドンのジャズカフェ! 病気をしたせいか、昨年よりやせた様子のグレンでしたが、ライブはやはりパワフルで、グレン節炸裂してました。
特に印象深かった曲は、WALK AWAYとSOME ONE ELSE'S BELL(大好きな曲で、昨年は聞けなかった)です。私はお酒飲めないのですが、グレンの演奏にまさに「酔い」ました・・・。
ライブの翌日、余韻も残るなかグリニッジに行ってきました。写真はグリニッジ天文台の帰り、偶然通りがかったKING GEORGE STREETです!! 見つけたときは胸がいっぱいになりました。本によるとクリスが生まれた所らしいですね。この日は小雨が降ってて、詩の情景が浮かんでくる様でした。
AKIKO
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