2015年3月21日土曜日

RAY

「レイ」

ポケットに手を突っこんでため息をつく
年をとるごと頑固になるが、自分ではなぜかわからない
昔はいざ知らず、いまは何をやってもうまくいかない
そもそも中身と格好の違いがわかっていなかったのだ

ああ、レイ

指で脈を確かめてみろ。おい、大声を出すぞ
まわりに気を使うこともやめ、もうくたびれ果てている
今はばねで留められているが、おや、今にもころびそう
ちょっとしたからかいにもすぐに腹を立てる

ああ、レイ

つらい思いもして、今や自分の居場所がわからない
でもだれだって向き合わなければいけない経験だ

ああ、レイ

身代わりの羊の群れを育てながら、傷ついた少年のようにわめく
自分の夢についた脚注になってしまいそう

ああ、レイ

(訳:タイコウチ)



不器用なだけで悪い人間ではないのだけれど、人づきあいがうまくできない、そんな困った中年男のポートレート。

2015年3月20日金曜日

PERSEPHONE

「ペルセフォネ」

ペルセフォネは恐れることなど知らない
人生が理不尽にもあわただしく過ぎゆくなんて
いつも余裕で、時の流れを受け入れる
人前で上品ぶったりなんかしない

彼女は身軽で気軽に旅に出る
世の中の流行りからははずれて生きる
それでも必要なものはすべて
自分のワーゲンバスの中に揃えている
ペルセフォネ

彼女は卑劣にふるまう術を知らない
散弾銃のようにしゃべりまくり
自分の気持ちを隠すことなどない
今夜こそが勝負のとき
ペルセフォネにとって

カウンター・カルチャーの残骸が
危険な斜面に残っている
気の利いた広告とはいえない
かわいそうなペルセフォネにはもう元気もない
かわいそうなペルセフォネに憐れみを

携帯電話も車の鍵もなくしてしまった
物覚えもちょっとあやしく
理屈っぽいことはチンプンカンプンなのと
ペルセフォネは笑ってごまかす

一晩中不安そうに青ざめた顔をしている
彼女にはもう船を進める風も吹かない
話そうとしてもほとんど声にならない
どこかでお会いしてないかしらと
ペルセフォネはいう

(訳:タイコウチ)


「ペルセフォネ」というのは、ギリシャ神話に出てくる冥界の女王で、水仙の花に魅せられているすきに冥府に連れ去られたという話から、春の女神とされるそうです。「ペルセポネー」という表記もあり。


この歌では、かつて奔放な青春時代を送ってきた魅力的な女性が、老年を迎えている様子を描いているようです。

2015年3月19日木曜日

DENNIS

「デニス」

人生なにも問題ないと思っていたのだろう
いまさらぼくも知らなかったなんて言えない
ぼくが音楽を始めたときにはもうあらかた終わっていたんだ
もうお楽しみにも新鮮味がなくなっていた

髪型がフラットトップで、鼻っ柱の強かったホーソーン出身の男の子
みんなの憧れだった
勝手気ままに自由を愛し
当たり前のように人生はトントン拍子だった

今夜はブラックバーンでのコンサート
みんなのリクエストに応えて歌を歌う
寛大な気分のときは人の気持ちもわかる
燃えていたろうそくも、やがては消えていく

髪型がフラットトップで、鼻っ柱の強かった…

彼は優雅で、気難しくもあり
パーティをやっては新しく誰かと知り合う
片手の5本の指で数えながら
失望が積み重なっていく
狂ったような目で叫び声を上げる

人生なにも問題ないと思っていたのだろう
いまさらぼくも知らなかったなんて言えない
ぼくが始めたときにはもうあらかた終わっていたんだ
もうお楽しみにも新鮮味がなくなっていた

髪型がフラットトップで、鼻っ柱の強かった…

(訳:タイコウチ)


 デニスというのは、実はあのビーチボーイズのデニス・ウィルソンのことなのです。ホーソーンというのは、ビーチボーイズのウィルソン兄弟が育ったカリフォルニアの故郷の町の名前ですね。

ビーチボーイズの中でただ一人だけ実際にサーフィンができたというデニスは、1983年に酒に酔ったままヨットから海に落ちて亡くなりました。まだ39歳でした。

「ぼくが音楽を始めたときにはあらかた終わっていたんだ」というのは、歌い手(おそらくグレン)がレコードを出して本格的な音楽活動を始めたころ(70年代後半)には、デニスの方はもう酒浸りで下り坂の日々を送っていて、音楽どころではなかったということなのでしょう。


ミュージシャンが自分の敬愛する別のミュージシャンの実名を挙げて歌うというのはときどきありますが(グレンにはランディ・ニューマンのことを歌った曲もありましたね)、この曲もパーソナルな視点が織り込まれたしみじみといい歌詞だと思います。

2010年12月31日金曜日

1月7日よりグレンのツアーです。

各会場のチケットの状況はこちら。
http://themusicplant.blogspot.com/2010/12/blog-post_28.html

ツアーレポートはこちらに掲載していきますので、チェックしていてください。1/7からです。
http://themusicplant.blogspot.com/

Twitterでもよろしく。
http://twitter.com/#!/mplantyoko

THE DAY I GET HOME

1991年のアルバム「PLAY」から「THE DAY I GET HOME」です。

この歌は、ツアーで世界中を旅してまわる若いミュージシャンが、久しぶりに家族のいる家に帰宅する喜びを描いています。飛行機に乗って世界のいろんなところに演奏旅行で行ける楽しみを大いに肯定しつつも、やはり家に帰れるときが一番、ということなのでしょうね。弾むようなリズムの曲調のせいもあり、旅回りのミュージシャンとしての素直な思いが伝わってくる、いい曲だと思います。

この頃クリスはすでにアルコールの問題もあって、ツアー嫌い、飛行機嫌いになってきていたはずですから、自分の心情というよりも、むしろ相棒のグレンの生き生きとした気分を想像で描いた歌詞のような気もします。

グレンといえば、最近の曲「HAPPY DISPOSITION」(アルバム「PANDEMONIUM ENSUES」に収録)でも、ツアーのために家族と離れがちな自分の生活について歌っていましたね。それから、「チーズをのせたトースト」というのは、ファースト・ソロ・アルバム「THE INCOMPLETE GLENN TILBROOK」の日本盤のボーナス・トラック「SUNDAY BREAKFAST TREAT」にもたしか出てきたような気がします。

そんなグレンも、年が明けてもうすぐ日本にやってきます。旅立つ直前に地元のパブAnchor & Hopeで一発腕ならし(?)をしてからの出発となるようですが、日本のことも、2番目、あるいは3番目の故郷と思って、こんな曲も歌ってくれるとうれしいですね(ソロでもたまに歌っているようです)。


「ぼくが家に帰る日」

若い男がころがるように家に帰ってくる
街灯が揺れ動き、道路の真ん中で
僕は雨降る中、歌って踊る
久しぶりに家に帰れるのはありがたい
地球上に地図を描いていく空の道が
僕を新しいところへ連れていってくれる
あちこちに旅することができる僕は幸せだ
飛び立ってはまた着地の繰り返し
家に帰ってもとくに変わりはない
税金の還付金がまた戻ってくる
テレビのニュースがついているが、いい知らせじゃない
木々の様子はわかるが、森は見えない

目の前にはどこまでも続く道があり
僕は自分の前に見える線をただ食べつくしていくだけ
素晴らしい体験が
日々を塗りかえていくけれど
この日だけは何にも代えがたい
僕が家に帰る日

若い男がころがるように家に帰ってくる
チーズをのせたトーストがオーブンで焼けている
旅の思い出はしまい込んで
戻ってきてはまた出かける、それが楽しいのさ
地球上に地図を描いていく空の道
東から西へ、北から南へ
いろんな観光名所を見てまわりたい
夜更かしをして、最高の楽しみを味わう
家に帰ってきても、様子は変わっていなかった
僕も変わってない、そう思いたい
この世界は皿にのったオイスターのようなもの
僕は旅をしてまわり、いつも朝寝坊なのさ


*「オイスター(牡蠣)」は、自分の思いのままになるものという意味

(訳:タイコウチ)